第一話|恋愛の神様『いか様』登場

 

『たいぞう君、私たち別れよ』

 

突然、彼女から突きつけられた言葉だ。

付き合ってから5年が過ぎようとしていた、12月のある日。
彼女から別れを切り出されたのだ。

思い当たる節も、全く無いと言えば嘘になるが、彼女を愛し、思いやりを持って接してきたつもりだ。

なのに何故だ。

 

私は途方に暮れていた。

そんな私、戻 太蔵(もどり たいぞう)は現在30歳。都内のそこそこ大きい会社で働くサラリーマンだ。
給料も安定している。見た目も悪くないはずだ。

付き合っているときも、デート代や食事代はもちろん私が払っていた。
彼女の送り迎えも時間があれば必ず行ってあげた。
誕生日の日にはボーナスを全部つぎ込んで、彼女が欲しいといっていたヴィトンのバッグも買ってあげた。その前の年なんかは、カルティエの腕時計を贈った。

彼女にとっては、最高の彼氏でいたはずだ。

なのに何故だ。

 

私には全く検討が付かなかった。

 

彼女が私の前を離れて、もう2週間になる。

連絡を取ろうとしても繋がらない。
LINEの既読すら付かない。ブロックされてるのだろうか。

なぜこんなことになってしまったのか。
なぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。

別れてからというものの悔しさと情けなさで食事も喉が通らない。
友達だろうと誰だろうと、人と会う気がおこらない。
何もやる気がしない。
もちろん仕事もだ。

 

今日も仕事を体調不良という理由で休んだ。3日連続でだ。
仕事を休んでも無駄にベッドの上で一日が過ぎていくのを待つばかり。
それに、じっとしてても良からぬことを考えてしまうだけで、何の解決にも至らない。

たまには外に出ようかな。
そうだ、久しぶりに釣りでしながら海でも眺めよう。

そう思い立って海に出ることにしたのだ。

 

冬の海は風が冷たい。
私の肌と胸に鋭い冷気が突き刺さる。

「ああ、来るんじゃなかった・・・ 結局釣れたのがブサイクなイカ一匹か・・・」

そうそうに私は家路につくことにした。

 

「とりあえず観賞用に泳がせといて、瀕死の状態になったら食べようか・・・」
釣ってきたイカを水槽に移し、私はいつものようにベットに寝そべった。

 

本当にこれからどうしよう。
彼女が別れを切り出した理由も分からない。
でも連絡も取れなきゃ、その理由すらも聞き出せない。
どうしたらいいのだろう。

 

彼女の仕事場の近くで待ち伏せしようかな・・・
彼女の家に押しかけようかな・・・
彼女の友達に連絡して、色々と聞きだそうかな・・・
彼女の・・・

 

「おいおい、ちょっと待てや」

 

ん!? 何かどこからか声が聞こえたぞ。
まあ、気のせいか。

とりあえず、彼女の行動を監視してみようかな・・・
彼女の・・・

 

「だから待てって言うとんのや!」

 

!!!!!

 

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いきなりだ。
いきなり水槽からイカの化け物が現れた。

 

「お前はアホか。そんなストーカーみたいなことして警察に捕まりたいんか」

イカの化け物は横柄な口調で私に喋りかけてきた。
なんだこの失礼な化け物は。この世のものとは思えない。そうだ、きっと夢だ。これは夢に違いない!

 

「何が夢やねん」

そのイカの怪物は、私にイカり気味で話しかける。

 

「か、か、怪物~! い、いかの怪物~!」

「誰が怪物やねん。わいは神様や」

「神様?どこが?どうみてもイカの怪物じゃないですか」

「なんでやねん。神様にたいして言う言葉か! ・・・まあええ。お前、彼女に振られたんやってな。ガハハ」

なんて失礼な神様だ。私がこんなに落ち込んでいるのに、人の気も知らないで不躾に私の心に入り込んでこようとする。

 

「はい、別れましたけど何か?あなたには関係ないでしょ」

そのイカの怪物はあきれた表情で私を見下ろし、こう答える。

「ほおー、えらい威勢のいい生意気な口の利き方するやないか。さっきまでイカの干物のように干からびかかってたくせに」

「で、何のようですか。そのイカの神様なのか何様なのかしりませんが」

「あほう。わしはな、恋愛の神様や」

「で、その自称神様とやら、何か用なんですか?この私に」

「お前、人の話聞いとったんかいな。わしは恋愛の神様やで。お前、今彼女が何してるか知りたいのとちゃうんか

「ま、まあ・・・」

「お前、彼女とヨリ戻したいのとちゃうんか」

「は、はあ・・・そりゃ戻れたらいいなとは思いますけど・・・」

「よっしゃ、ヨリを戻させたる」

「本当ですか?早く戻してください!!」

 

「そう慌てんなや。とにかくな、わしの言うこと聞いたらええねん。どや?わしの言うこと聞けるか?」

 

「は、はい。彼女が戻ってくるなら」

「よっしゃ。じゃあな、わしがお前に課題を与えていく。それを1つずつクリアしていくんや」

「1つずつ・・・一体何をやれば」

「まあ、あわてんなや。その前に、イカの怪物やら自称神様やら、呼び方をなんとかせえ」

「はあ・・・じゃあ、お名前はなんていうんすか?」

「よう聞いてくれた。わしは恋愛の神様、いか様や!」

「そのまんまじゃないですか。しかも『様』付けることでさらに胡散臭くなってる。それになんだかイカ臭いし・・・」

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「このゲソ野郎!!何が胡散臭い、イカ臭いんじゃ。臭いんは塩漬けにされた時だけや!あほんだら、あほんだら、あほんだら!!」

「割と気にされてるんですね。体臭・・・」

「おどれ、塩辛にして食うてまうぞ!お前のその足、ゲソ焼きにして食うてまうぞ!一杯のアテにしてまうぞ!!よし、よう分かった。ヨリ戻したくないんやな。ほお、よう分かったわ」

「すみません、すみません。俺、ヨリ戻したいです」

「ほんまか?イーカげんなこと言うてないやろなあ」

「はい!彼女が忘れられないんです、俺!」

「始めから素直にそう言えや。よし、わかった。わしが何とかしたる」

「で、何をすれば・・・」

「そやな。これからワシが彼女とヨリを戻すための成功のステップを伝授していったる」

 

「本当ですか?では早速・・・」

「まあ、テクニックやノウハウも大事やけど、お前の腐った心をなんとかせなあかん。ウジウジと腐ったイカのような湿りきったネガティブな感情を直さなあかんな。とりあえず今日はこの言葉を与えよう」

 

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「おお!なんだか勇気の沸く言葉ですね」

いか様は、満面の笑みでこう話す。

「そうやろ。悩んでても何も解決せんからな。それに小さい頃の悩みなんか今は覚えてないやろ」

「確かに。昔は死んでもええわって思えるほど悩んだことも、今では何で悩んどったかもあんまり覚えてないし・・・」

「そういうこっちゃ。だからな、お前にはまず前向きにポジティブにものを考えていかなあかんってことや」

「分かりました、いか様!」

「よっしゃ、ええ調子や。その調子で・・・」

すると、突然いか様の表情が青ざめ始めた。

「どうしたんですか?いか様」

「お、おう、そやな。しっか・・り・・・せな・・・あか・・・  あ、あかん・・・体があたりめみたいになってきよった」

「あれ、いか様。今からテクニックを・・・」

「あかんのや。時間が経てば、体がカピカピに・・・ああ・・・ほんまあかんは。じゃあな、しっかりせえよ。ほなな・・・」

 

 

 

そういい残していか様は慌てるように水槽へと戻っていった。

なんだかよく分からない一連の出来事だった。本当に信じて良いのかどうかさえも。

ただ分かったのが、いか様は一時間くらいで体が乾いてしまいスルメになってしまうことくらいだ。

まあいい。
とにかく以前の自分を取り戻したい。
そして彼女を何としてでも取り戻したいのだ。

掴めるものなら、藁でもゲソでも掴んでみよう。

 

そう私は決心したのであった。

 

[つづく]

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